100冊マラソン 1~10冊目

10冊目『ダークゾーン』貴志祐介

読み手(小町)

非日常性と戦略的思考から刺激を!

 

 将棋のプロを目指す新進棋士奨励会三段の塚田裕史は、気が付くと戦場にいた。どうやってここにきたのか、記憶はおぼろげだった。明らかに現実とかけ離れた暗い空間で、塚田は赤軍の王将として、敵である青軍と戦わなければならないと唐突に告げられる。

 なぜ自分は戦わなくてはならないのか?そして、この戦場、ダークゾーンとは何なのか?戦いを進める毎に、塚田は少しずつ記憶を取り戻していくが、その度に謎は深まる。

 異空間の非日常性と、棋士ならではの戦略的思考が魅力的な一冊なので、久しぶりにエンタメを読みたいという方に。



9冊目『心が高地にある男』ウィリアム・サローヤン

2017.6.11

(読み手)やまね

資生堂の花椿文庫から、『心が高地にある男』。翻訳は柴田元幸。

アメリカの田舎。ある日、年老いたラッパ吹きが、水を恵んでくださいと、少年の前に現れる。その老人は言う。「心を高地に置いてきたんだ」と。

「心を高地に」という言葉から、読み手である私の心は、「東京スカイツリー」で検索した時のグーグルアースのように、スコーンと高地のある一点に舞い降りる。そこには、ラッパ吹き老人のかつての暮らしがあり、家族や友人がいて、乞わなくても好きなだけ水が飲める老人の姿が見える。しかし、それらの生活は全て老人から奪い去られてしまった。

わずか数文字の言葉から、アメリカの埃っぽい田舎と、どこかの牧歌的な高地を往復し、老人の悲しむべき運命を思う。同情すら覚える。少年よ、早くこのかわいそうな老人に水を。

 

しかし実は老人はとんだ図々しい男。ラッパがうまいのをいいことに「ご近所さん」を集めてラッパを吹いては食べ物を得て、少年の家に17日間も居座り、実は老人ホームから逃げてきた男だったというオチがつく。

 

なーんだ、という結末だけど、この作品の魅力はといえば、登場人物みんな「悪気がなくてたくましい」ということだろうか。老人はただただ食べ物が欲しいだけ。少年の父は働かないことを悪びれず、食料品のおじさんは「理」よりお金と家族が大事。「ご近所さん」はラッパが聞けるなら食べ物なんて惜しくない。誰もがズル賢いのに、だれも悪いように書かれてない。あっけらかんとした感じ。人間が生き延びていくにはこうでなくちゃねという気にさせられる。唯一、少年だけは自分のしたことに後ろめたさを感じているように思う。でも、老人との数日が、少年を少し変えたようだ。そこに希望を感じさせながら物語が終わるところがいい。

もう一つの魅力。それはやはり最初に触れたアメリカの田舎から高地への旅。物語の舞台に立てることは小説の面白さの一つだと思うが、「心を高地に〜」とう言葉は私の心を軽々とと高地に飛ばしてくれました。気持ちがいいくらいにスコーンと。

最近、心が同じ場所にいるなと思っているあなた、是非この作品を読んで心を高地に飛ばしてみませんか。



8冊目『セメント樽の中の手紙』葉山嘉樹 (1925年)

2017.6.10

(読み手)kana

労働者松戸興三が、樽から桝へセメントを移していると、そのセメント樽の中から小箱に入った手紙が出てきます。
セメント袋を縫う女工が送った、とても衝撃的で悲しい悲しいその手紙の内容とは…‼
ぜひ一度お読みください。



7冊目『生成不純文学』木下古栗

2017.6.9

(読み手)小町

現代文学界の異才、「文学」を語る。

 現代作家のうち最も前衛的な小説家は誰か?……もしそう聞かれれば、私は木下古栗の名前を挙げることになるだろう。凄まじい筆力・文章力を持つ一方で、中身としては大声で話すことが憚られるようなものが多く、かつ、読んだら決して忘れないような強いインパクトを与える作品を執筆しているからだ。

 一部のマニア(「フルクリスト」と呼ばれる)に好まれるような尖った作品をデビューから12年もの間、絶えず書き続けているのが作家、木下古栗だ。

 そんなマニアックな作家の作品の感想をなぜ掲載しようと思ったか。それは、この『生成不純文学』が「文学とは何か?」という、ある種根源的な問いに触れているからである。

 「文学」について、作者の鋭い洞察力と圧倒的な文章力で書かれているのは、ほんの数ページだが、それだけでもこの本を読む価値があると思うので、是非オススメしたい一冊。



6冊目『たったひとつの冴えたやりかた』         ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

2017.6.8

大御所SF作家の圧倒的想像力!

 SF作家の想像力は凄まじい。表題作から最終話まで、これだけ質量のある宇宙空間を物語の中に構築できる想像力、筆力に驚かされる。

 また、三話一組の構成も面白い。様々な角度から、作者の想像した宇宙や、そこに住む人々、文明を楽しむことができる。一番のお気に入りは最終話の「衝突」。最後までクリムヒーンを説得し続けたアッシュ船長の胸中を思うと寂しさがこみ上げてくるが、同じ分だけ勇気をもらえた気がする。

 思わぬところで、傾聴、コミュニケーション、忍耐力の大切さを認識させられた。異文化コミュニケーションの教科書としてもおすすめの一冊。


(読み手) 小町


5冊目『珍妙な峠』  町田 康

2017.6.5

(読み手)やまね

「物を買うことは鬱を晴らすことである」という思いに駆られた作者が、いろんな物を買っては絶望するという不思議なエッセイ『バイ貝』。作者の試行錯誤はむなしい結果に終わりましたが、その続編がこの『珍妙な峠』という作品です。

 

最初は、『バイ貝』と同じくエッセイ形式で、作者の日頃の「バイ貝」ぶりが自虐的に描かれていましたが、途中で流れが大きく変わり、「珍妙な峠」という不思議な世界に迷い込むという小説に変わるという展開には衝撃を受けました。町田先生、このめちゃくちゃぶり、さすがです。

 

珍妙な峠をさまよいながら、羽釜を買ったり、パンを焼いてみたり、ホームパーティに憧れて豪邸(実は欠陥住宅)を買ってみたりするけれど、何をやっても報われず、むしろ出口のない峠でもがくという話。

 

何かものを買うということは、新しいものを得るということで、そこから新しい希望が見出せるような錯覚を人は起こしてしまいやすい。でも本当にそうなのか。自分が手にした希望は絶望の始まりかもしれない。そんな不安が、読んでいくうちに頭をよぎりました。主人公と同じように、人はみな珍妙な峠をさまよい、欲望に転がされ続けているだけなのかもしれないですね。知らないだけで…。

 

怖いです。

 

↓↓前作バイ貝はちゃんとした(?)エッセイです。



4冊目『林檎』 林 房雄

2017.5.16

(読み手)kana

「りんごで鮭を釣る話をきかせよう」と、ある船乗りが"僕"に近寄る。
舞台は小樽。鮭漁業船の人夫達は長い海上生活での野菜欠乏で壊血病になる。すると船長は「この、船いっぱいの鮭とりんご一箱を取り換えろ」と言う。
これが船主のからくりで資本家によくある手なのだ。鮭を巻き上げられるも、命の泉のりんごを食べる人夫達。しかし船乗りは今後、再びこんな事件が起こった時には人夫仲間と力を合わせ船主と闘うことを誓ったのだった。
作者の林房雄はこの作品でプロレタリア作家として知られるようになる。



3冊目『美しき墓』 川端康成

2017.5.3

(読み手)kana

昭和4年に発行された「新進傑作小説全集」に収められている、文豪・川端康成の短編小説です。
障害のある息子を抱えた実業家の母親。都会の人々の差別から逃れるため、全ての財産を投げ出し我が子の幸福を買ってあげようと、ある山奥の温泉地に自分達の安住の王国を築きます。
村人達は年貢を免除され税金のない小学校に通わせてくれる若い領主を尊敬します。しかし、そんな楽園に住む彼らも次第に化けの皮を現し差別をはじめます。
都会にも田舎にも人情の美しさはないのだと思った母親は障害者の親であることに疲れ、息子に毒を飲ませ死なせてしまいます。
母親の恩情をないがしろにされ、同じ境遇の足の不自由な少女との小さな初恋も消えてなくなったこの少年を思うと胸が締め付けられます。
馬醉木、白バラ、プリムラやベゴニアなどいくつもの花が物語に寄り添い、この親子の悲劇をより一層哀れにさせるとても悲しい作品です。



2冊目『さきちゃんたちの夜』 よしもとばなな

2017.5.1

(読み手)やまね

5人の「さきちゃんず」の物語

 よしもとばななさんの短編集。主人公たちに共通するのは、みんなから「さきちゃん」という名前で呼ばれている女性であること。呼び名の音のイメージは、その人らしさにも影響すると思いますが、(例えば「あいちゃん」と呼ばれている人は「あいちゃん」らしく、「けんちゃん」とよばれている人は「けんちゃん」らしくなるというように)この本の中の「さきちゃん」達もやはりさきちゃん然としています。行方不明の友人を心配したり、薄情な肉親に囲まれたり、双子の兄を亡くしたりと絶望的な状況に追い込まれるさきちゃんたちですが、周りを少しでも良くしようとみんなを引っ張るけなげなさきちゃん。周りから「さきちゃん、さきちゃん」と呼ばれる度に、さきちゃんとしての役割を果たそうと奔走する。そんなけなげなさきちゃんたちに、心からエールを送りたくなります。短編の中でおすすめは「鬼っ子」。人が作り出す闇の部分。その圧倒的な恐ろしさと、その中から少しでも希望を見出そうとする「賢明さ」が描かれています。不安定な世の中だからこそ、周りを大切にしつつ前を向いて歩いていく、さきちゃんたちのような人が必要なのかもしれませんね。

『きょうの猫村さん』の作者ほしよりこさんが描く、5人のさきちゃんたちの絵も「さきちゃん!」と声をかけたくなるくらい素敵です。(やまね)



1冊目『蜜蜂と遠雷』恩田 陸

2017.4.25

(読み手)小町

直木賞、本屋大賞、ダブル受賞の話題作!

 ……というように、前評判を聞いてから読んだ作品は、大抵ハードルが上がっていて、思ったほど面白くなかったなどと思うことが多い。

 けれども、この小説に限って言えばそんなことはなかった。

 音楽の才能を与えられた神の子。母親の死以来、ピアノを弾けなくなってしまった音大生。音大出身だが、現在楽器店勤務のサラリーマン……。芳ヶ江国際ピアノコンクールを舞台に、魅力ある登場人物たちよって繰り広げられる青春群像劇は圧巻の一言。

 一人ひとりの話でも独立した小説が書けそうなほど内容が濃く、ページをめくる手が止まらなかった。

 また、演奏される一曲一曲に対する描写がとても丁寧で読み応えがある。驚くべきは、恩田陸さんの言葉の引き出しと、使い方のバリエーションの豊富さで、音楽を(音や画像などを使わず)文章だけで説明する際に、この本は教科書のように使えるのでは?とも思った。